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リサイクル

ゴミ処分場の問題は江戸時代から続いている

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人口増加による処分場の土地確保問題は江戸時代から

ゴミの処分場は、江戸時代から江東区にありました。

富岡八幡宮周辺のゴミ処理場で、
すでに土地確保の問題が発生しています。

 

1600年代のことです。ここから現在までずーっとゴミ処理の問題は続いているんです。

 

大量のゴミでお困りの方は不用品回収のGoMeeeへお任せ

明治から昭和にかけてやっと焼却処分の技術が生まれる

ゴミ処理の問題は過酷になっていき、海面処理に加えて内陸での埋め立ても始まりました。

ゴミの量がどんどん増えるにつれて、焼却処分場を設けることが必要だという認識が広まり、
昭和2年から焼却処分場が建設されました。

 

焼却処分場が建設されたのは、江東区潮見にある8号地、
当時の焼却方法は…

 

ゴミをあつめて火を放つだけの「野焼き」方式

 

それが昭和30年代まで続いたというのですから、
今しかしらない私にとっては驚きしかないです。

 

ちなみに昭和30年代になると、内陸の埋め立ては限界に達し、土地もなくなったため廃止。

野焼き方式も、近隣の苦情が相次ぎ廃止となりました。

 

ゴミの量が更に増えたため、野焼き方式による公害が無視できないくらい大きくなってしまったということでしょう。

 

「夢の島」って14号処分場だけのことを言います

夢の島ですが、処分場 = 夢の島みたいに全ての処分場に対して代名詞的に使いますが、
正式には14号処分場のみの愛称です。

 

今では公園やスポーツ施設などがある 東京でも有数の緑地帯になっていますが、

当時はハエやねずみが大量発生して社会問題になっています。

 

もともと戦前から飛行場の建設用地だったのですが、途中で資材不足となり中止、
昭和32年からゴミ処理場として正式に使われるようになりました。

昭和42年に閉鎖され、11年かけて公園を建設。
京葉線沿いの観光スポットになりました。

 

今ある処分場は23区最後の処分場です

その後、ゴルフ場などで親しまれている15号地処分場
中央防波堤内処分場が建設され、
最後の処分場である中央防波堤外処分場が建設されました。

 

平成15年に建設された、Bブロック処分場が埋まってしまえば、
次に設置できる処分場はなく、東京23区では処分場を作ることができません

 

つまり、現在の処分場が23区最後の処分場なのです。

 

こうした背景が、現在のリサイクルブームといいますか、
かなり深刻なゴミ削減問題の原因です。

必然的にリサイクル処理の技術は進んでいくはずですが、
分別やコスト面の問題など、様々な障壁がまだまだ多く残っています。

 

逆に言えば、これからのリサイクル技術の発展はきっととても面白くなるでしょう

まさかの技術が続々と出てくるはずです。

私はそれに期待もしていますし、技術の発展に加わりたいと願っています^^

 

GoMeeeでは、可能な限り分別を徹底し、
リサイクル割合の向上へ努めていこうと考えています。

ぜひ、みなさまもご協力くださいね!

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